講師・仲宗根悦子の物語|なぜ糀を伝え続けるのか
- 仲宗根糀家

- 6月27日
- 読了時間: 2分
更新日:6月28日
糀を伝えることは、暮らしの知恵をそのまま手渡すこと。
糀を伝え続ける、一人の女性の歩み
那覇本店の料理教室で講師を務めるのは、仲宗根糀家の会長・仲宗根悦子です。沖縄で黄麹(きこうじ)づくりに長く向き合い、糀のある暮らしを地域の方々へ伝えてきました。食と暮らしに向き合いながら、台所に立ち続けてきた一人の女性です。
なぜ、悦子会長はこれほどまでに糀を伝え続けるのでしょうか。その想いを、人としての歩みとともにご紹介します。
暮らしの中にあった、糀のしごと
悦子会長にとって糀は、特別なものではなく、毎日の台所にあるものでした。米と米糀、そしてお湯。砂糖は入れずに、炊飯器でゆっくりと甘酒(甘糀)を仕込む。そんな手仕事のひとつひとつが、家族の食卓を支えてきました。
沖縄では古くから、泡盛や豆腐ようなど、糀や発酵が暮らしに息づいてきました。その土地の文化に敬意を払いながら、悦子会長は「沖縄の糀」を守り、育てる道を歩んできました。一部は手作業で、一部は機械の力も借りながら、無理のないかたちで糀づくりを続けています。
「美味しい」が、いちばんの願い
悦子会長がいちばん大切にしているのは、難しい理屈ではありません。「糀を使うと、いつものごはんがやさしい味になる」。その一言を、一人でも多くの方に感じてほしいという願いです。
塩糀、醤油糀、糀タレ。少し加えるだけで、家庭の料理がふくよかになる。その喜びを分かち合いたくて、悦子会長は今日も教室で台所に立っています。
教室で、悦子会長と一緒に学ぶ
「いきなり実習は少し不安」という方には、座学だけの【無料】糀のお話し会(1.5時間)からどうぞ。糀のこと、悦子会長の歩み、沖縄の発酵文化を、ゆっくりお話しする入口の会です。
糀を伝え続ける一人の女性の物語を、ぜひ教室で直接感じてみてください。



